非線形振動特論・最終レポート課題(2005年6月27日出題)
非線形光学現象と非線形ファイバ
N大学大学院 S研究科
焙茶
光ファイバ内で生じる非線形光学現象は,ノイズの発生や歪みを起こして信号を劣化させる原因となる.その一方で,光ファイバ内で生じる非線形光学現象を利用した光信号処理が検討されている.非線形現象である四光波混合や自己位相変調を積極的に利用することにより,複数の波長の信号光を一括して波長変換することやパルスの圧縮等が可能となる.このような非線形光学現象を利用した光信号処理は,次世代の高速光信号処理や長距離光伝送技術として期待されている.非線形を利用した機器の開発として,非線形ファイバを例に挙げ,その基盤となる非線形光学について紹介する.
1 非線形光学現象と非線形ファイバ
1.1 線形光学と非線形光学
均一な媒質において,光ビームの伝搬速度vは,nを媒質の屈折率,cを真空中での光速度とすると,v=c/nで与えられる.2つの異なる媒質においては,誘電率の不連続性のために反射と屈折が起こる.
媒質の屈折率は一般に原子の構成や電子の分布に依存する.光を媒質に照射すると,電化は光ビームの電場により振動し,入射電場に比例した電磁波を発生させる.この時媒質を伝搬する電場には位相のずれが生じ,媒質中の位相速度が真空中に比べて遅くなる.もし入射ビームの強度が小さくて光電場が原子の内部電場に比べて十分小さい時には,この位相ずれは光強度に依存しない.すなわち屈折率は光ビーム強度に依存しない.以上の場合を線形光学の領域と言う.
光電場の大きさが媒質原子の内部電場に近くなると,媒質中での電子の分布が入射光電場により変化するようになり,媒質の屈折率は線形な光学応答の時とは異なったものとなる.そうなると境界面での反射・屈折や媒質中の伝搬の様子は入射光強度に依存することになる.これを非線形光学の領域と言う.
非線形と呼ばれる理由は,媒質が光電場の振幅に対して非線形な応答を示すことによる.非線形の領域において,媒質中の光ビームの伝搬状態は,屈折率に依存する.その屈折率が光ビームによって制御できるのなら,光ビームより他の光ビームの伝搬状態を操作することができることになる.このように,非線形光学は光・光制御を可能とし,多彩な技術革新の可能性を秘めいると言われ,数多くの研究がなされている.
1.2 非線形光学現象
光の電磁波理論によると,媒質の光電場に対する応答は次式のように記述される.
P=ε0x(1)E+ε0x(2)EE+ε0x(3)EEE+・・・ (1)
P:媒質に誘起される分極 :真空の誘電率
E:光電場 x(1),x(2),x(3):定数
線形光学の領域においてx(1)は,屈折率nと
n2=1+x(1) (2)
なる関係で結ばれている.媒質はx(2)とx(3)により非線形光学応答が特徴づけられる.ただし,低光強度では,高次の項の値が非常に小さく,第1項ε0x(1)Eのみで光学現象をよく説明することができる(非線形性の影響が小さい).対して非線形光学の領域において,(非線形)媒質の屈折率は
n=n0+n2I (3)
のように記述される.ここで,n1 n2は定数,Iは光強度である.定数n2はカー(Kerr)係数と呼ばれる係数である.光ファイバ材料である光学ガラスのカー係数n2は3.2×10-16cm2/Wとなる.
@式における2次の項[ε0x(2)EE]は第2高調波発生(周波数逓倍),和・差周波数発生,パラメトリック増幅・発振などの,3次の項[ε0x(3)EEE]は第3高調波発生,Raman散乱,Brillouin散乱,自己収束(self-focusing),光位相共役などの様々な非線形光学現象を生じる原因となる.
1.3 非線形ファイバ
伝送路用ファイバ内で生じるRaman散乱やBrillouin散乱などの非線形現象は,ノイズの発生や波形の歪みとなって信号を劣化させる原因となる.このため伝送と用ファイバにおいてはできるだけ非線形減少を起こしにくくすることが望まれている.しかし,一方で非線形現象である四光波混合や自己位相変調を積極的に利用することにより,複数の波長の信号光を一括して波長変換することや,パルスの圧縮,ソリトン[*]伝送が可能であることが発見されている.
光ファイバ内で生じる非線形光学効果としては,自己位相変調(SPM),相互位相変調(XPM),四光波混合(FWM)Raman散乱・Brillouin散乱等が挙げられる.自己位相変調は,単独で位相シフトを生じる現象であり,相互位相変調は,波長の異なった光が同一方向に伝搬するとき生じる位相のシフト現象である.自己位相変調を利用してパルスの圧縮やソリトン伝送が可能となる.また,四光波混合を利用して波長の変換が可能となる.そこで次章以降では非線形ファイバ内での非線形の利用として,波長の変換と,パルス圧縮・ソリトン伝送について説明する.
2 四光波混合と波長変換
四光波混合(FWM, Four-WaveMixing)は光カー効果の一種であり,二つ以上の異なった波長の光をファイバ中に入射した際に生じる.FWMは一般には三つの異なった波長の光を光ファイバ中に入射した際に,それらのどの波長とも一致しない波長に新たに光が発生する現象である.発生した光はアイドラ(idler)光と呼ばれる.
FWMの発生の概念図を図1に示す.
図
1 周波数域における四光波混合の概念図
(a)ポンプ光が2波の場合
(b)ポンプ光が1波の場合(縮退四光波混合)
図1に示したように,周波数軸上で2つのポンプ光を間にはさんで,入射前からあった光は信号光(又はプローブ光)とよばれる.プローブ光の周波数をfprobeポンプ光の周波数をおのおのfp1,fp2とした際に,アイドラ光の周波数は
fidler = fp1 + fp2
– fprobe (4)
となる.この条件は周波数の位相整合条件と呼ばれる.とくに2つのポンプ光の周波数が等しい場合,縮退四光波混合(DFWM,Degenerated Four-Wave Mixing)と呼ばれる.そのとき式Cは次式のように示される.
Fidler = 2fp – fprobe (5)
ここでfpは縮退したポンプ光の周波数である.連続光でのDFWMは以下の3元連立非線形上微分方程式で記述される.
(8)
ここでzはファイバの長手方向にわたる座標をあらわす.αは光ファイバの減衰係数,Ep,Eplobe,Eidlerはおのおののポンプ光,プローブ光およびアイドラ光の電場を表す.γは断面積と非線形屈折率より求まる非線形係数であり,以下のように与えられる.
(7)
n2は非線形屈折率であり,Aeffは有効コア断面積である.cは真空中の光の速さを表す.式 に現れるΔβは伝搬定数の位相不整合を表し,以下のように記述される.
(8)
Dは波長分散係数である.光ファイバ内ではΔβが0のとき最も効率よくFWMが発生する.このために効率の良いFWMを発生させるためには,零分散波長をできるだけ一致させることが要求される.方程式の第1項目は光カー効果による自己位相変調および相互位相変調の効果を表している.第2項目はDFWMを表している.
図1の(b)において,プローブ光は,四光波混合によってアイドラ光に変換されたとみなせる.図1において,信号光(プローブ光)は1つであるが,四光波混合を利用した波長変換では,図2に示すように複数の波長の信号光を1つのポンプ光で一括して波長変換をする事が可能である.
図
2 多波長変換
3 自己位相変調とパルス圧縮・ソリトン伝搬
3.1 自己位相変調
光パルスが,光ファイバのような光カー効果効果媒質中を伝搬すると,伝搬距離zが短い範囲では,光の位相φは屈折率nとファイバ長さzに比例して変化する.βをスペクトルの中心における波数とすると,
(9)
と表すことができる.瞬時周波数は,位相の微分であるから,ファイバ中の伝搬距離zが短く,かつ非線形性が小さい範囲では,非線形項に起因する周波数の変化分は,
(10)
となり,パルス内時間τに対して光周波数が直線的に変化し,周波数チャーピングが発生する.これを自己位相変調(SPM)という.図に非線形ファイバにおける,近接した2つのソリトンパルスの非線形伝搬に伴う周波数チャーピングの数値計算例を示す.
図
3 周波数チャーピングを有する光パルス
3.2 パルス圧縮
線形媒質の分散特性を,パルス到達時間τ,伝搬距離L,周波数応答Δωのとき,
(11)
と近似する.
チャーピングが>0の正媒質でおこると,パルスの前辺では周波数が低くなり,パルスの後辺では周波数が高くなり,全体として幅が広い方形波になる.次に
<0の線形媒質に,チャーピングを有するパルス幅τの方形光パルスを入射した場合は,チャーピングによる周波数シフトΔωに対応する群支援Δτによって,この方形パルスの後辺は,前辺よりも速く走る.この光パルスが距離Lの線形分散媒質を通った後で,その後辺が前辺に追いついた時に,最小のパルス幅が得られる.これを光パルス圧縮と言う(図4).パルス幅をτ0,Lをこの分散媒体の伝搬距離として,
(12)
である.これから,必要な分散量は,
(13)
と求められる.
圧縮部に用いる府の分散媒質として,光ファイバの異常分散部,あるいは干渉計,回折格子などが有する等価的な負分散を使う.光ファイバなどの自然の負分散を使うことは,その値が小さく,媒質の特性によりしよう波長などが制限される.対して干渉計などは,パラメータを自由に設定できるので,実用的である.実例としては回折格子対を利用するものや,ふぁぶりー・ペロー・エタロンなどがある.
図
4 パルス圧縮
3.3 ソリトン伝搬
非線形媒質が負分散β”<0であるときは,包絡線(evelope)[†]光パルスΨ(z,τ)を考え,それがゆっくり変化すると仮定して,
(14)
という非線形波動方程式が成り立つ.これは,形の類似から非線形シュレーディンガー方程式といわれる.この固有解は
sech
(15)
となる.ここで,aを任意の定数として,
(16)(17)
とした.また,τ=t-β’zとおいた.
この固有解の包絡線パルスは,左右から来て衝突しても,その形を変えずに伝搬していき,粒子のような振る舞いを示すので,ソリトンの一種である.
αを消去すると,この波の振幅Aとパルス幅Δτの間に,
(18)
という関係が成り立たなければならない.これをソリトン条件という.
この光ソリトンは次のように理解できる.非線形媒質は負分散なので,パルス波形は縮まろうとする.一方,分散の不確定性により拡がろうとする.この両方が平衡した時に,一定のパルス幅,および出力を有するパルス波形となる.周波数チャーピング,分散と不確定性ΔτΔω=πを組み合わせ,dE2/dτをE2/Δτと近似し,zを消去すると,
(19)
という近似的なソリトン条件の式が得られる.
複数個のパルスが相互作用をしながら,一定の繰り返しで現れる場合を高次ソリトンという.また,正分散すなわちβ”>0のときは,tanhτの形の固有解が知られている.これは,中央部だけ振幅が0になるので,ダークソリトンといわれている.ソリトンの波形は一種の平衡状態であるが,必ずしも,安定状態ではない.基本ソリトンおよび高次ソリトンの波形例を図3および図4に示す.
光ファイバの場合,ソリトン条件によると,1Wぐらいの出力で,1psぐらいのパルス幅が得られ,極短光パルス伝送に有望と考えられている.
図
5 基本ソリトン
図
6 高次ソリトン
まとめ
Raman散乱やBrillouin散乱などの非線形光学効果は,ファイバ内の光の損失を増大させ,光パルス波形を乱す原因となる.しかし,非線形効果によって得られる他の利点を利用することによって,光通信用の伝送媒質,光パルス波形処理,光パルス計測などの新しいデバイス開発が可能であり,非常に広い応用が可能と考えられている.
<参考文献>
(1) 廣石治朗,杉崎隆一,麻生修,忠隈正輝,渋田妙子:光信号処理用高非線形ファイバの開発,古河電工時報,111号,2003
(2) 麻生修,忠隈正輝,並木周:光ファイバ中の四光混合発生とその応用技術開発,古河電工時報,105号,2000
(3) 富田康生,北山研一 訳:フォトリフラクティブ非線形光学,丸善株式会社,1995
(4)末田正,神谷武志 共編:超高速光エレクトロニクス,培風館,1991